18歳の頃

2022年7月15日

全能神は言われます。「あなたがたはみな、この言葉を覚えているだろう。『なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである』。あなたがたはみな、この言葉を以前耳にはしたが、その本当の意味は誰も理解していなかった。今日、あなたがたはこの言葉の真の意義を深く認識している。この言葉は、神によって終わりの日に実現され、また、赤い大きな竜がとぐろを巻く地で、その竜から熾烈な迫害を受けている人たちにおいて成就する。赤い大きな竜は神を迫害し、神の敵であるから、この地において、神を信じる者は辱めと迫害を受け、またその結果として、これらの言葉があなたがた、つまりこの人々の集団において成就する。……赤い大きな竜の地で、神が自身の働きを成し遂げるのは非常に困難である。しかし、神はこの困難を通じて働きの一段階を行い、自身の知恵と不思議な業を明らかにし、これを機にこの人々の集団を完全にする」(『言葉は肉において現れる』の「人が想像するほど神の働きは簡単なものか」)。この一節を読むと、中国共産党に迫害された時のことを思い出すわ。

あれは2017年4月の夕方ごろだった。二人の姉妹との集会中に、突然、私服警官が大勢押し入ってきたの。反応する間もなく、私たちは押さえ込まれてしまった。怖がっていると、警官は隈なく家捜しを始め、あっという間に家中引っ掻き回されたわ。目の前で起こっていることが信じられず、ドキドキして、祈るしかなかった。「神よ、これから何をされるのでしょう。とても怖いです。証を立てられるよう、強さをください」と。その時、御言葉を思い出したの。「あなたの周りの環境にあるすべてのものは、わたしの許しによってそこにあり、わたしがそのすべてを定めることを、あなたは知るべきである。わたしがあなたに与えた環境の中で、明確に見極め、わたしの心を満足させなさい。恐れてはならない。万軍の全能神が必ずあなたと共にいる。全能神はあなたがたの後ろに立ち、あなたがたの盾となる」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第二十六章」)。御言葉が勇気を与えてくれた。何が起ころうとも神が支えてくれるとわかった。心からおすがりする限り、神は私とともにいてくれる。そう考えると、もう恐れることはなかった。

その時、婦人警官が私を何度か激しく引っ叩き、顎をつまんでね、私の写真を撮ったの。お金や貴重品はみんな取られたわ。そのあと、市の公安局に連れていかれて、別々に質問されたの。私の写真を撮った婦人警官が怒鳴ってきたわ。「教会で何をしてるの? 誰が指導者なの? 白状なさい!」と。黙っていると、彼女は怒って私の顎をつねって引っ張った。あまりに痛くて、爪先立ちしなければならなかったほどよ。そして、引っ叩くかのように手を振りかざして脅すの。「喋らないなら、こちらにも考えがあるよ」と。彼女はとても怒っていて凶暴に見えたから、怖くて、次に何されるか分からなかったから、また祈り始めたの。その時、全能神の御言葉が思い浮かんだの。「信仰とは一本の丸太橋のようなもので、卑屈に命にしがみつく者がそれを渡るのは困難だが、自らを犠牲にする覚悟のある者は自信を持って不安なく渡ることができる。臆病な恐れに満ちた思いを抱く者は、サタンに騙されているのだ。サタンはわたしたちが信仰の橋を渡って神の中に入ることを恐れているのである」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第六章」)。そして気づいたの。私が怖がりで臆病なのはサタンの策略で、警察は私の体を痛めつけて、兄弟姉妹や神を裏切らせようとしてると。そんな策略には引っかからない、警察に拷問されても絶対にユダにはならないと決心したの。私の生と死は神の手の中にある。神の許しがなければ彼らは何もできない。そのことが分かると安らぎを感じたの。それで、どんなに強く顎をつねられても、何度訊かれても、何も言わなかったわ。すると他の警官が彼女を呼び出したので、一息つけたの。

次の日の午前3時頃かしら。留置所に連れていかれたの。牢屋に入ると、婦人警官が他の囚人たちに私の服を全部脱がすよう命じて、それから私に、両手を頭にあげてみんなの方を向いてスクワットをさせた。気が済むまで何度も。囚人たちはあざ笑っていたわ。本当に腹が立って、動揺して、心の中で叫んでいたのを覚えてる。「なんでこんな屈辱を受けるの?」と。経験しなければ、なかなか信じられないでしょうね。いわゆる「人民警察」がこんな邪悪で卑劣なことをするなんて! 警官が囚人たちに言ったの。「この女は全能神を信じてから弾圧の対象になるんだ。きちんと規則を教えてやれ」と。囚人たちは常に私をいじめ、叱りつけたの、何につけてもね。辛い雑用をみんなやらされたわ。掃き掃除や汚い床をゴシゴシ磨いたりそのうち疲れ切って、足が痛み出したけど、ちょっとでも休むと、囚人たちは私を怒鳴りつけ、もっとひどいことをしたの。彼らが規則を破ると、決まって私に責任を押し付けてきた。話が通じる相手じゃなかった。

いじめられ、ひどいことを言われ続けていると、惨めになって、弱気になった。いつ終わるかわからない悪夢だった。毛布に包まって、泣きながら眠る日が続いた。あの頃は、何度も何度も神に祈ったわ。そして限界に近付いた時に、次の御言葉を思い出したの。「現在は誰もが苦しい試練に直面しなければならない。そうでなければ、わたしに対する愛の心が強まることはなく、わたしへの真の愛を抱くこともないだろう。試練は単なる些細な状況だとしても、誰もが必ず通らねばならない。ただそれぞれ試練の度合いが違うというだけのことだ。試練はわたしからの祝福なのだ」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第四十一章」)。この難局は神がくださった試練だとわかった。神への信仰と愛を成就させるためのね。だからこんな堪え難い試練でも神を裏切らず、証を立てると決めたの。振り返ってみると、平穏な時は信仰で胸がいっぱいだった。でも、屈辱を受けると、気弱で悲観的になる。自分の信仰が不十分だとわかったの。私はあまりに弱かった。ちょっとの風や雨に耐えられない、温室の花のようにね。でも神は、この試練を与えて、私の信仰を全うさせようとしたのよ。私のいのちのためだった。証しを立て、神を喜ばせなければ。

1週間後、また尋問されたわ。警官が意地悪く言ったの。「いい子にして、我々が教会について知りたいことを喋れば、すぐ釈放してやる。お前はまだ若い。娑婆に出て青春を楽しみたいだろう。ここで苦しむことはない」と。他の警官はこう言った。「友達はみんな外で夢を追いかけているのに、お前は神を信じているせいで留置所だ。お前が捕まったと知ったら、みんななんて言うかな」と。そう言われて、こんな若さで留置されるなんて、と思った。そして、友達や家族がこのことを知ったら笑われると思うと、とても混乱したわ。その時、自分が正常じゃないと思ったから、急いで神に祈ったの。「神よ、警察に心を乱されていますが、私はユダになりたくありません。私をお守り、お導きください」。そして、御言葉のこの一節を思い出したの。「わたしの民は常にサタンの狡猾な企みを警戒し、……サタンの罠に落ちれば、後悔しても手遅れである」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第三章」)。絶妙な助言だったわ。警察が言うのは偽善的なことばかり。私が神や兄弟姉妹を裏切るようにしたかっただけ。邪悪な奴らよ。きっぱりと自分の考えを言ったの。「神を信じて正しい道を進みます。何と言われようと神を裏切りません」と。警官は唖然としたわ。策略が失敗したものだから、彼らはすぐに怒りだして、1人が言ってきたわ。「若いのに口は達者なようだな。よく聞けよ。お決まりの口実でお前を8年から15年の刑にしてやろうか。お前はいま18だから、若い盛りにずっと獄中ってわけだ」と。こう思ったの。「何年獄中にいようと、神を信頼し、証しを立て、サタンには屈しない」って。

警察が飴と鞭の手法を使い切ったら、尋問は終わるだろうと思ったの。もっと腹黒い手を使うなんて思わなかったわ。5月末のある日のことよ。取調室に連れて行かれて、言われたの。「お前の弟の学校を調べたんだが、成績優秀だそうだ。知ってることを話してくれ、そうすれば、家に帰れて家族と一緒に過ごせるぞ。弟に会いたくないのか」と。とても傷ついたわ。弟とはとても仲が良かったけど、共産党に捕まらないように何年も逃げていたから、ずっと会えてなかったの。どう暮らしていたか知らなかった。それから、数日前に父が動画を撮ったと言ってね、私の前に携帯電話を置いて、その動画を見せ始めたの。映っていたのは、生気なく座る父の姿だった。服はしわくちゃで、とても老けて見えたわ。父が話しかけてきた。「ショイ、戻っておいで。みんなお前を思ってるよ」警察は何度も見せたわ。父の動画を見て、泣かずにはいられなかった。そして1人の警官が言ってきたの。「自分のことはさておき、家族のことを考えたらどうだ。信仰を貫けば、お前が服役するだけじゃなく、家族も巻き込まれるんだぞ。弟が入試に受かっても、大学から受け入れられず、まともな職にはつけないし、弟の子供にも影響するだろう。よく考えるんだな」。あまりに卑怯で、聞くに忍びなかったわ。神に祈り続けたの。「神よ、心がくじけそうで、何をすべきかわかりません。肉に従わず証しを立てられるよう、私の心をお守りください」。お祈りの後、こんな御言葉を思ったの。「あなたは自らの内にわたしの勇気を持たねばならず、未信者である親戚に直面するときは、原則を持たなければならない。しかしわたしのために、どんな暗闇の勢力にも屈してはならない。わたしの知恵に頼って完全な道を歩みなさい。サタンの陰謀に支配されてはならない」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十章」)。神の言葉で徐々に落ち着きを取り戻したの。サタンは、私が父や弟を放っておけないこと知っていたから、私の感情と家族の将来を利用して、ユダになるよう脅したの! 警察はとても狡猾よ! サタンに従って神を裏切ったら、釈放されて家族の元に戻っても、一生後悔するでしょう。全ては神の思し召しと思ったの。弟の将来だって、神がお決めになること。共産党じゃない。そして再び神に祈ったわ。家族を神に委ねて、喜んで神の計画に従うことにしたの。警官に、言うことは何もないと答えたら、警官は怒ってテーブルを叩き、こう叫んだの。「そんなに強情を張るなら、どうなっても知らんぞ! これで終わりだと思うなよ。逮捕した時に見つけたものを使って、お前の親を3年から5年ブチ込んでやる。お前の弟が一人でどうするか見ものだな」って。それを聞いて激怒したわ。共産党はあの手この手で私を苦しめ、私に神を裏切らせるだけでなく、兄弟姉妹を売らせようとしたの。さらに家族の安全を脅かすことで私を支配しようとしたわ。中国では神を信じると家族全員が共産党によって迫害される。あの悪魔どもを軽蔑して、絶対に思い通りになるもんか、と思った。だからはっきり言ってやったの。「全ては神の思し召しで、私が全能神を裏切ることはありません」。警官は怒ってまたテーブルを叩き、出て行ったわ。

そして5月末のある朝、婦人警官が私を釈放したの。変だなと思ったわ。そして地元の警察署に連れて行かれたの。中に入ると、静かに待っている父と祖父の姿が見えた。警官はそこで私たちを見てたわ。きっと簡単には釈放されないと気づいたの。でもどんな手で来るかはわからなかった。そして、警察署長が来てこう言ったわ。「この保証状に署名したら家族の元に帰してやる」。書類にはこう書いてあったの。「神への信仰を捨て、全能神教会の信徒とは接触しないことを誓います。教会のためには何もしません。今後3年間、国外出国手続きをしません。1年間の保釈期間中は警察の出頭要請に応じます」。共産党は私に神を裏切り、教会との縁を切らせようとしたの。怒りがこみ上げて、署名を頑なに拒んだわ。私の断固とした態度を見て、警官が言ったの。「いま署名しないのなら、長期服役は免れないぞ」。父と祖父はすごく狼狽して、署名するようせかしたわ。父と祖父は、お金を払い、何とか人脈を作って保釈裁判まで取り付けて、署名をすれば家に帰れるように手配したの。分かってなかったのよ。もし署名すれば、神を否定し、裏切って、サタンに屈服し、証を失うことになるって。警察と家族からの重圧をうけて、泣きながらこう思った。「もし署名しなかったら、いつまでも自由になれない。でも署名したら、神を裏ぎることになる」。神に祈り、導きを求めると、こんな御言葉が浮かんできた。「わたしは全ての人々が赤い大きな竜の前で、力強く、明確なわたしの証しとなれることを望む。最後に彼らがわたしのために自らを捧げ、最後にもう一度わたしの要求を満たすことを望む。あなたがたにはこれが本当にできるか」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第三十四章」)。神の求めに気づいて面目なかったわ。いまだに、神を満足させることではなく、自分の肉体や将来のことを考えてた。そして、信仰を捨てて署名するよう家族に言わせたのは、共産党の策略だと気づいた。私の信仰は正しく、義なる道を歩んでいる。共産党の脅しに負けて真の道を捨て神を裏切るなんてできない。絶対に思い通りにはさせない。だから言ったの。「よく聞いてください。信仰をやめさせるなんてできないので、諦めてください」と。警官たちは激怒したけど何もできなかった。結局、1年間の保釈が与えられて、もし信仰しているのを見つけたら、また監獄に入れてやる、と言われた。

釈放されたけど、共産党はしつこかったの。2017年6月のある日のことよ。警察が弁護士を連れてきて、私を洗脳しようとしたの。彼はこう言った。「中国では信教の自由は建前だ。共産党に従わなければならない。党が飛べと言ったら飛び、信仰を捨てろと言ったら、捨てるんだ。さもないと、ひどい目にあうぞ」。これを聞いて怒ったわ。信仰を捨てさせるためには共産党は何だってする。中国ではクリスチャンが生き抜く術がないの。みんなで御言葉の一節を読みましょう。「宗教の自由だと。市民の正当な権利と利益だと。そのようなものはどれも罪を隠蔽する手口である。……なぜ、神の働きに対してそのような難攻不落の障害を建てるのか。なぜ神の民を欺くために様々な謀りを用いるのか。真の自由と正当な権利と利益はどこにあるのか。公平さはどこにあるのか。安らぎはどこにあるのか。温もりはどこにあるのか。なぜ偽りに満ちた謀りを用いて神の民を欺すのか。なぜ力ずくで神が来るのを抑制するのか。なぜ神が創った地の上を神に自由に移動させないのか。なぜ神が枕するところもなくなるまで神を追うのか。人間の温もりはどこにあるのか」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」)。この御言葉は私に中共政府の邪悪な本質をはっきりと見せてくれたの。共産党は神と真理を憎むサタンの悪魔。迫害されればされるほど、共産党を見放して、神に従いたくなったの。その後、警察は何度も私の家に来たし、村の幹部を使って、私に信仰を捨てさせようとした。家族を使って謝罪文を書かせようともしたわ。でも御言葉のおかげで、全ての攻撃と誘惑を切り抜けて、証しを立てられたの。

肉体的には苦しんだけど、逮捕と迫害を通じて分別を身につけたわ。共産党の邪悪な本質と神に敵対する姿を見抜けるようになったの。共産党に背き、否定したの。迫害され苦しかった時、御言葉の導きでサタンのたくらみに勝つことができた。そして御言葉がくれた信仰心と強さで、肉体的な弱さを克服して証しを立てられたの。御言葉の権威と力を身をもって学んで、私の信仰心はこれまでにないほど深まったわ。

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